□報告書;「箱根の嶮」

<走行記録>
天気;晴れのち雨
距離とアップ;紛失中
今日の記録、紛失中;115kmくらいだったはず
ルート ;川崎〜神奈川〜保土ヶ谷〜戸塚〜藤沢〜平塚〜大磯〜小田原〜箱根

<道路情報>

・箱根旧道まではほとんど平坦



報告書;

報告書を書こうと思ったら、何故か、メモ帳の走行記録の部分だけが紛失してしまっていた。やっぱり、切り離し式のメモ帳はよくないな、と思う。

 気を取り直して、この日は、いよいよ旅の始まりの日だった。
昨日の、濡れゴアもおおよそ乾いており、靴がぐしょ濡れなこと意外は最高のコンディションだった。

 朝起きて、速攻で家を出る。
外は、まだ6時。
真っ暗だ。
暗闇の中、闇の我が家を見つめて、「さよなら」なんていってみる。
しばらくは帰ってこられないだろう、などと思う。
そして、実際に家に帰ってきたのは1ヶ月半後だったのでまんざらこのときの予測は外れてはいなかったのだった。

 小田急線沿いに多摩川を渡り、多摩川のサイクリングロードの脇の車道を横浜に向かってひた走る。
ここら辺は、昨日走ったので問題なく過ぎた。(一度迷ったが)
そして、川崎。
ここから国道1号へ合流して、横浜へ。
車に合わせて、ものすごいスピードを出していたら、すぐに横浜に着いた。
しかし、この横浜は、車道は車の往来が多くて自転車が通れる雰囲気ではなく、しかも歩道は歩道橋スロープなし仕様なので、まったくもって、いけていない街だった。
ここには、権太坂という東海道最初の難所があるはずだったのだが、迷い迷ううちに、旧道を通り過ぎて、いつの間にか国道1号で権太坂を突破していた。国道の権太坂は緩やかで全然面白みがないのだが、まあ、諦めて、戸塚へ向かった。

 戸塚には、見附跡などが残っており、看板で表示されている。
ちょっと行って、藤沢の清浄光寺などもみものだ。
ここら辺は、天気もよくなってきたこともあり、大分飛ばしていた気がする。しかし、平塚にある、お菊の井戸では怪談のモデルとなった場所で結構興味があったので執念深く探した。が、結局見つからなかった。残念だ。

 右に高麗山をみながら、ひた走り、やがて大磯まで着いた。
湘南の海が左に開けて、光り輝いて本当に美しかった。
時間には余裕があったので、新島襄没地などというマニアックな場所を訪ね、そこで知り合ったおじさんに紹介された、西行所縁の庵などを訪ねたりしていると、だんだん時間もなくなってきた。
急いで小田原へ向かう。

□湘南の松林


 小田原には、11時くらいについて、早速お城で昼食にした。
実は、今までの約100キロは今日の前哨戦でしかなく、メインはこの後の、箱根峠だ。箱根は難所難所って言われているだけに、すごく、ひよっていた。
しかし、自転車部の同輩は、「超楽勝だよ〜」なんて言っていたので、ここはぼくも手っ取り早く終わらせて「楽勝だよ」などと言い返してやらねばならないな、と思い、さらに気合が入る。

 小田原城は、行きたかった憧れの城のひとつだ。
実は、ぼくは城が大好きで、昔はよくプラモを作って並べたものだ。
おかげで全国の城にはとても詳しい。
その中でも、この小田原城は、後北条氏の曰くつきの城だけあって興味をそそられずに入られなかった。
天守は、やはり期待を裏切らないものだったが天守の前の広場に、なぜか象がいて草を食んでいたという事実も合わせて衝撃的だった。

□像のいる城、小田原城


そして、昼食を食べ終わり、遂に箱根アタック!

 箱根湯本まではゆるいアップ。旧道へは橋を渡って行く。
ここら辺から、また、雨が降り始めて、いよいよ盛り上がりを見せてきたこの展開!
旧道入り口にはセブンイレブンがあり、ここから箱根の上までは特に買出しもできないので、ここで食料を補給。
旧道は、その入り口からグログロのアップで、インナーローにでもしないと登れない。
途中の畑宿という地域まではそこまできつくないので、わりとすいすい行ける。
しかも、途中に旧跡が多く、坂にもいちいち名前がついているので、フロントバックに忍ばせておいた、資料を確認しながら登った。
畑宿まで案外楽に来れたので、このまま、ノンストップ、休憩無しで登ってやろうというアホらしい野望がぼくの中に芽生えた。
そうすれば、さっきの会話の「楽勝だよ」の後に、
「休憩なんていらないし」
の余裕の台詞を付け足すことができるっ!
などと訳わかんない妄想を抱きながら、その後も登り続けた。
しかし、七曲という、恐るべき斜度のピストンが何度も続くところで遂に足が震え始めた。
まだまだ距離はあって、しかも、江戸時代に恐れられたメインの坂もこれからが本番だというのに、ここで全力を出してはやばい、と思ったぼくは、情けなや、あっけなく休憩したのであった。
しかし、ここで重大な事態が判明した。水がもう残り少ないのだ。
冬だというのにのどが渇き、とても休憩した気分になれない。
とりあえず、前に進もうと踏ん張った。道路わきには、雪が積もっていて、車道の真ん中へ張り出して走らないといけない。
それなのに、時々トラックなんかが走っていくから本当に迷惑で、どうして旧道走るんだよ・・・とかぶつぶつ文句を言ってしまった。
そして、猿転び坂という、これまた殺人的な長い坂で、遂にもう我慢できなくなって、2度目の休憩をして水分を補給した。
そして、水はなくなった。
・・・まいったな、とか思っていると、なんと脇の登山道からこのくそ寒いのにハイキングに来ていらっしゃるおばさんたちが来て、話すうちに意気投合して、なんと「おいしいみかんよ」とおばさんたちお墨付きのみかんを、分けてもらった!
3個も戴いたのだが、どれも15センチ大の大きなもので、水分の補給に十分だった。
これぞ、神の恵み、とか思って、元気を出して残りを登りきる。

 双子山が見えたときはさすがに感動し、信号の分かれ道でひとまず峠上りは終わりを告げた。
小田原からは一時間半弱かかっていた。
次は休憩無しでリベンジしたいものだ。
さて、旧道を登り終えた信号から道は二つに分かれていて、
一方は急な下り、
もう一方はすごい斜度の上りだった。
ユースの位置を確認すると、やはり、上りのほうの道で、ここからさらにガッツリ上ったのだった。「ユースは何故か山の上原則」はここでも適応されているようだ。

 しかし、疲れきったぼくをペアレントさんはとても親切に迎えてくれ、しかもコーヒーまで出してくれた。
すぐに温泉へとつかり、疲れを取ると、今度は、相部屋のライダーのお兄さんと、徒歩で東海道を歩いているというおじさんが入ってきて、みんなで遅くまで語り合った。

 箱根の夜は、いよいよ寒くなる。
外は、雪が積もっている。
本当は、今日は箱根道の駅で野宿にしようかと思っていたのだが、ああ、早まらなくて良かった。
そう思っているうちに、ぼくは深い眠りに落ちていった。
(しかし、その後、あまりにもの寒さのため、夜4,5度起きる羽目になった・・・。)

□箱根旧道


 
  


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